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1943(昭和18)年、治安維持法および不敬罪の容疑で牧口会長と同じ日に逮捕され、拘置された戸田は1945(昭和20)年7月3日出獄。名前を「城聖」と換え、会の名称も創価教育学会から「創価学会」に改名して再建に尽力した。1951(昭和26)年5月3日には、第2代会長に就任した。戦後再び北海道の土を踏むのは、1953(昭和28)年8月17日のこと。全国では第1回夏季弘教が行われており、北海道でも8月12日から札幌と函館を舞台に、弘教を推進。この月、札幌と函館に班が誕生した。戦後初の来道を果たした戸田は、17日に函館(共愛会館)で、19日に札幌でそれぞれ講演を行った。
また、21日には父・甚七の法要のため郷里の厚田を訪れた。前年、ニシン漁が不漁で生活苦に悩む人々が多いと聞き、帰京後、村に見舞金を寄贈。その真心を生かし、村では、年末に村民に“正月の餅代”として贈っている。
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